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Aoaha from Hawaii・その(2)日系兵士たちは、何のために戦ったのか。

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【PJ 2007年04月20日】- アメリカに2つある国立墓地の1つがホノルルにある「パンチボウル」だ。ハワイ諸島誕生の歴史を秘める火山活動によるカルデラは、フルーツポンチを入れるボウル状の容器に似たことからこう呼ばれる。ハワイ語でプウオワイナ(いけにえの丘)は、かつてタブーを犯した者たちを処刑する祭壇場であった。
 
 何度となく訪れたこの墓地には、数名の身内が眠っている。いずれも第2次世界大戦中、米国軍人として戦役を志願し名誉の負傷をした者ばかりである。参拝する都度、わたしは日本人のアイデンティティーに思いをはせ、消えうせたかのような国家と国旗への名誉を考える。太平洋戦争はハワイの真珠湾で始まり、東京湾に浮かぶ戦艦ミズーリ号上で終わった。ハワイ在住の日本人と日系米人にとってこの戦いは、彼らの生活を一変させた。戦後から現在に至る60年間、なぜかくも誇り高い租界を日系人たちはここハワイで構築したのであろうか。

 1941年12月8日、日本海軍の艦載機による奇襲攻撃の直後、米政府は多数の日系兵士を軍役から隔離した。部隊内での反乱とスパイ活動を恐れたのである。しかし、彼らの勤勉さを知るハワイ陸軍幹部デロス・エモンズ大将は、1200名の第100歩兵大隊を結成。1942年7月、29人の白人将校(ハオレ)の下、日系兵は米国本土で訓練を再開した。ハオレとはハワイ語で白人のこと。東洋人への差別とは別に、日系人を敵性国人として扱ったのである...

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(引用 livedoorニュース)


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